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東京地方裁判所 平成6年(ワ)21402号 判決 1995年9月06日

原告

今枝伸行

右訴訟代理人弁護士

村田敏

被告

マイリースカイコート株式会社

右代表者代表取締役

西田鐡男

右訴訟代理人弁護士

足立武士

小関勇二

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、二三九八万六二三三円及びこれに対する平成六年一一月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告は、被告の社員から三年後には最低でも二八〇〇万円以上で売却でき、五〇〇万円以上の転売利益が得られる等の説明を受けて、被告との間で、平成三年一一月八日に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を一八三〇万円で買い受けたが、平成六年八月二五日、被告に対して本件建物の売却を依頼したところ、売却は不可能で、被告で買い取ることもできないと言われたものであり、右被告の説明は虚偽であったとして、本件売買契約の錯誤無効、詐欺取消ないし契約締結上の過失を理由に、売買代金、売買代金支払のための借入金の利息その他慰謝料等計二三九八万六二三三円の支払を求めるものである(遅延損害金起算日は本訴状送達の日の翌日である。)。

二  争いのない事実等(証拠で認定した事実は、末尾に認定に用いた証拠を摘示する。)

1  被告は、訴外スカイコート株式会社の子会社であり、不動産の売買、賃貸、仲介及び管理等を行っている株式会社である。

2  原告は、被告から、平成三年一一月八日、本件建物を一八三〇万円で買い受けた。

3  原告は、平成六年八月二五日、被告に対して本件建物の売却方を依頼したが、被告は原告に対し、右時点での売却は困難であり、また被告での買い取りもできない旨回答した(証人橋田、原告本人)。

三  争点

1  本件の主たる争点は、本件売買契約に関する原告主張の錯誤無効、詐欺による取消、契約締結上の過失の該当事実の存否及び損害の有無である。

2  争点に関する双方の主張

(原告の主張)

(一) 本件売買契約に至る経緯

(1) 原告は、以前から海外不動産を購入すれば、ある程度の節税効果があるとの話を聞き及び、海外投資への関心があった。

原告は、平成三年九月中旬ころ、被告に対して、海外不動産投資に関する資料の送付を申し込んだところ、資料の送付とともに、被告の営業社員から海外不動産の購入勧誘を受けるようになり、節税の試算表の交付も受けたが、節税効果もほとんどなく、むしろ赤字になることから購入意思がなくなり、二、三年後を目処に自宅を購入するつもりでいたので、その旨を被告社員に伝えて、いったん、購入の話を断った。

(2) しかるに、その後も被告社員の勧誘が続き、口頭による①自宅を購入してからでも購入建物を売却できること、②右物件の所在地はバブル崩壊の影響を受けることなく、自宅を購入する三年後には最低でも二八〇〇万円で確実に売却でき、その際、確実に五〇〇万円以上の転売利益を得られること、③ハワイのホテルを購入することは貯金や保険と同様に確実であり、投資物件として最適であることの説明を受けた。

原告は、右説明が詳細であったことから再度購入意欲が生じたが、さらに、投資効率、収益性や安全性等について書面により質問したところ、被告社員から、本件売買契約に前後して右質問に対する回答並びに詳細な売却見積を記載した書面の交付を受け、右書面により原告は被告社員の口頭説明が真実で、確実に売却できるものと信じて本件建物の購入意思を固めた。

(3) 原告は、右社員に対して、二、三年後に自宅を購入するつもりであるので、自宅の購入に際して本件建物の売却ができなければ、購入する意思のないことを伝えていた。

(4) 以上の経緯で、原告は前記(2)の①ないし③の説明を真実と確信して、平成三年一一月八日、本件売買契約を締結した。

(5) ところが、前記二の3のとおり、本件建物の売却は不可能であり、かつ被告においても買い取りの意思がないというのであって、被告の前記説明は虚偽であった。

(二) 本件売買契約の錯誤無効

原告は、右(一)のとおり、本件建物の売却ができなければこれを購入する意思はなかったものであるが、自宅購入後に本件建物を転売利益を得て売却できると信じて、本件売買契約を締結し、かつ、右購入動機は被告に対して明示的に表示されている。

よって、本件売買契約は錯誤により無効である。

(三) 本件売買契約の詐欺による取消

原告は、被告社員から、自宅を購入すると同時に本件建物を売却でき、五〇〇万円以上の転売利益が得られることを、口頭及び詳細な見積で示されて購入を決意したものであるところ、被告社員の右説明は内容虚偽の欺罔行為であったのであるから、原告は本訴状(平成六年一一月一五日送達)により、詐欺による取消の意思表示をした。

(四) 本件売買契約の契約締結上の過失

前記(一)のとおり、原告は被告社員から本件建物が自宅購入と引換えに売却でき、転売利益が得られ、しかも値崩れしないとの説明を受けて、購入を決意したものであり、右事情は原告の購入意思決定に重大な意義を持つものであった。したがって、被告は、不正な申立をしたり、相手方を錯誤に陥れたりして、契約関係に入らせてはならない信義則上の義務に違反したものであり、その結果原告は本件売買契約を締結するに至り、後記の金員の支出を余儀なくされたものであるから、被告には契約締結上の過失がある。

(五) 原告の損害

原告は、本件建物が売却できるものと信じて本件売買契約を締結したことによって、以下のとおりの合計二三九八万六二三三円の損害を被った。

(1) 一八三〇万円

被告に対して支払った本件売買代金

(2) 七四万三三一八円

被告に支払った本件売買契約締結費用(別紙1のとおり。)

(3) 二九四万二九一五円

原告が本件売買代金支払のために訴外オリエントコーポレーションと締結したローン契約に基づき同社に支払った平成四年二月から平成六年一〇月まで三三か月の支払利息(別紙2のとおり。)

(4) 二〇〇万円

被告社員の虚偽の説明、見積書を信じて投資したにもかかわらず、何ら投資利益が得られないばかりか、却って毎月のローン返済を余儀なくされ、多大の精神的苦痛を被ったことに対する慰謝料

(被告の主張)

(一) 本件売買契約の目的となっている本件建物は、あくまでも節税効果に重点においた投資用の海外不動産であり、本来本件建物のような物件の購入者は、長期にわたる節税効果を目的として、取得するものであり、被告においてもその旨宣伝し、そのように勧誘してきたものである。

売買対象物件が不動産である以上、多少の価格変動があることは当然であるが、被告において、それを売り文句にしたり、価格変動による利益獲得を目的とした勧誘を行ったことはない。原告に対しても、価格変動の話がでたとしても、可能性の問題として話たに過ぎず、利益獲得が確実であるとして勧誘したことはない。

(二) 被告は、本件建物の賃貸借契約に基づき、原告に対して平成四年度に八一万六八六五円、平成五年度に六八万五四六七円、平成六年度(一一月分まで)に五七万三七九五円の合計二〇七万六一二七円を支払っている。原告において、目的物件を取得し、それによる利益を取得しながら、目的物の取得を否定することは信義則に反し、錯誤無効、詐欺による取消の主張は許されない。

第三  争点に対する判断

一  本件契約締結に至る経緯及びその後の状況

証拠(甲一ないし五、六の一ないし五、七の一ないし三、八、九の一ないし五、一〇、一二の一・二、一三、一六、乙一、二の一ないし三、三、証人橋田、原告本人及び弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、海外不動産を購入すると節税効果があるとの話について関心を持ち、平成三年九月ころ新聞によって知った被告に対して、被告が販売宣伝している米国ハワイ州に所在するホテル「マイリースカイコート」に関する資料の送付を求めた。なお、原告は、横浜国立大学を卒業し、右当時は日本電信電話株式会社の建築部の主査の地位にあったものである。

被告は、右物件を、ハワイ州のワイキキに所在する稀少性の有る物件であり、節税効果、安定した家賃収入、生命保険に加入することから、保険金支払がわりになることなどをセールスポイントとして、国内不動産運用におけるノウハウを活かした海外不動産運用であり、国内で実績を重ね、親しまれていたワンルーム分譲方式による投資用物件であるとして販売活動をしていた。

被告は原告に対し、右資料を送付するとともに、被告の社員(従業員)中尾研次(以下「中尾」という。なお、同人は、被告の親会社であるスカイコート株式会社の従業員の身分をも有しつつ、右ホテルの売買を担当していたものと推認される。)が、電話で物件購入の勧誘をおこなった。

2  原告は、中尾に対して、物件を購入した場合の節税効果について尋ねたところ、中尾は、平成三年一〇月一三日ころ、分譲価格一八二〇万円の物件を借入金(ローン)一六三八万円で購入したときの納付税金は、従前と比較して、例えば二年目は28.9万円ほど減額となり、借入金の実質返済額は年三四万二〇〇〇円程になるとの「スカイコートシステム設計シート」なる書面を原告に送付した。また、売買交渉過程のなかで、中尾は、本件建物の売買価格は、一八三〇万円であるが、時価は二〇〇〇万円ほどの物件であるから二〇〇〇万円程度では売却(転売)が可能であるとの話をし、もし売却するときは被告を利用していただければ有り難い旨述べたことがあり、他方、原告は、いずれ自宅を購入する予定であるとの話をしていた。

原告は、中尾からの口頭説明のほかに書面による回答を求めて、同月二八日、被告に対して「海外不動産投資に関する質問事項」と題する書面を送付したが、その主たる内容は、①被告の企業としての信頼性、安全性と、②対象物件の投資効率の二項目に分けられ、右②は、収益性の確認とハワイの投資対象としての安定性・安全性(その中には、予想以上の為替変動による不利益という項目の記載もある。)と題するもので、可能な範囲で回答されたいとするものであった。

3  原告は、中尾の説明等から本件建物の購入を決意し、平成三年一〇月末ころ申込金一〇万円を被告に支払った。そして、同年一一月八日、被告の事務所において、本件売買契約が締結された。右売買契約締結と同時に、原告と被告の間で、「コンドミニアム賃貸借契約」を締結して、原告は被告に対して本件建物を賃貸し、被告または被告の指定する運営会社において本件建物を含めたホテル全体を、ホテルマイリースカイコートとして一体運営をすることを合意した。

原告は、右売買代金の内一六四〇万円は、株式会社オリエントコーポレーション(以下「訴外会社」という。)からの借入金で支払うこととし、右借入手続き等を被告に委任し、平成四年一月二七日、右会社との間で一六四〇万円についての金銭消費貸借契約を締結して、右金員を借り受けた。

4  原告は、右の売買契約が締結されたのち、中尾から本件建物について、モデル価格を三年後に二八〇〇万円、五年後に三五〇〇万円とする各売却時のモデル案の送付を受けた。

5  原告は、本件売買契約の約定に従い、本件建物を被告に賃貸し、被告はこれをホテル「マイリースカイコート」として一体運営し、被告は原告に対し、右賃貸借契約の賃料として、平成四年度は九五万二一三二円(管理料、税金等控除後は、八一万六八六五円)、平成五年度は九〇万四六二九円(管理料、税金等控除後は、六八万五四六七円)、平成六年度(ただし、同年一一月分まで)は七八万四六七一円(管理料、税金等控除後は、五七万三七九五円)の合計二六四万一四三二円(管理料、税金等控除後は、二〇七万六一二七円)が送金されている。なお、右賃料はドル建てであるところ、いわゆる円高の影響で換算レートは平成四年一月当時の一ドル一二四円九〇銭から平成六年一一月一ドル九六円四五銭となっている。

一方、原告が前記借入金の返済として訴外会社に支払った金員は、平成四年度が一四一万六三三八円(内利息分は一一五万一九七六円)、平成五年度が一五四万五〇九六円(内利息分は一〇五万一七二七円)、平成六年度(同年一一月分まで)が一四一万六三三八円(内利息分は八一万〇九〇八円)の合計四三七万七七七二円(内利息分は三〇一万四六一一円)となっている。

二  以上によれば、本件売買契約は、原告が被告に対して、本件建物の資料請求を行ったことに端を発し、原告は、本件建物が所謂ワンルーム分譲方式の売買であることを了知の上で、購入したものであり、かつ、海外物件であることから賃料収入等について為替レートによる変動が生ずるものであることを認識していたものである。また、本件においては、所謂円高の影響で原告の本件建物賃貸による賃料の手取り収入額が減少しているが、被告との契約賃料(ドル建て)に変更はなく、平成六年一一月までの段階では借入金返済額と収入賃料額(管理料等控除後)との差は二三〇万一六四五円であり、当初中尾が原告に対して送付した「スカイコートシステム設計シート」による実質負担想定額と右原告が現実に負担している額(借入金により本件建物を取得したことによる節税効果による減額は、考慮していない。)との差は主としては、円高による実質収入の減少に起因するものと認められ、右設計シートによる説明に格別の不合理があるとも認められない。

三  そこで、原告の錯誤無効及び詐欺による取消の主張について検討する。

本件売買契約成立に至る過程で、被告において本件建物が二八〇〇万円で転売でき、五〇〇万円以上の転売利益が得られるとの断定的説明あるいは右利益が獲得できる高度の蓋然性があるとの説明をしたことを認めるに足りる証拠はない(原告本人も、二〇〇〇万円以上では売却できる旨の話があったと供述するに過ぎない。また、三年後に二〇〇〇万円で転売した場合には、転売利益自体は殆ど得られないと予想される。)。なお、本件売買契約成立後に、中尾は原告に対して、三年後に二八〇〇万円、五年後に三五〇〇万円で売却できた場合のモデル案を作成し原告に送付していることは先に見たとおりであるが、後に見るように右価額自体が一般的には想定が困難であったと考えられるのであり、右モデル案は売却額を仮定して算式を例示したものと推認される(証人橋田)。

ところで、原告は、本件売買契約締結過程で、いずれは自宅を取得したいこと及び本件建物は転売が可能であるかなどの話を中尾や橋田にしていたこと、そして、原告は平成六年に自宅を購入し、同年八月二五日ころ、被告に対して本件建物の売却の依頼を申し出たが、被告においては、昨今の不動産市況の状況や、円高の状況等から買い主が容易に見つからないことから売却は困難である旨、また被告自身が買い取る意向のない旨を回答したことが認められる(甲一六、証人橋田、原告本人及び弁論の全趣旨)。本件売買契約においては、「今回販売分の完売時から一年間は、アメリカ合衆国の国民又は居住者に販売してはならない。右場合のほかは、転売できるが転売申込みについては事前に被告に書面をもってなし、被告は右売却申し出を拒否する権利を有し、その場合は被告において時価で買い取る。」とされているほか、本件建物の転売先の制約はないが、右の制約もあり海外物件であるものの二、三年後の転売先は一般的には日本人が想定されていたものと認められるところ(甲一四、弁論の全趣旨)、本件売買契約当時においては、所謂バブル経済が崩壊し、不動産市況は低迷期に入っていたものであり、一八三〇万円で購入した建物である本件物件が三年後に一〇〇〇万円ほど高騰し、1.5倍の価格になるということは一般的にも予想しがたかったものというべきであり、原告の学歴や社会的地位及び前記一のとおり本件売買契約については慎重な対応をしていたことに鑑みると、原告において右価格による転売ができると軽々に信じたとは認めがたい(ましてや、五年後に三五〇〇万円となるとすることについては、原告においてそのモデル案を数字の例示以上に、現実性のあるものとして理解したものとも認めがたい。)。

また、中尾において、三年後の転売が可能であることを述べていたとしても、被告自体も転売そのものを拒否しているものではなく、現在のところ昨今の経済情勢等から、買い手がなく売買成立が困難であると回答しているに過ぎないのであるから、そのことが原告に対する債務不履行を構成するものでもないし、被告において本件建物の二八〇〇万円での買い取りを約したことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、原告の錯誤の無効及び詐欺による取り消しの主張はいずれも理由がない。

四  原告の契約締結上の過失の主張について

本件売買契約締結に至る経緯については、前記一のとおりであり、前記二及ひ三で検討したとおり、被告において三年後の二八〇〇万円での転売を約束したり、あるいはその高度の蓋然性があるとの説明をしたことを認めるに足りる証拠はなく、またその過程での他の説明に格別の不合理性があったと認めるに足りる証拠もない。なお、原告は本件建物は値崩れしないとの説明を受けたと主張するが、現地(ハワイ州)における本件建物の時価額の大幅な低下を窺わせる証拠はない。原告の契約締結上の過失の主張も理由がない。

五  以上によれば、原告の請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官宗宮英俊)

別紙一、二、図面<省略>

別紙物件目録

一、土地

所在地  ハワイ州ホノルル市クヒオアベニュー 二〇五八

地積  二、六三六平方メートル(敷地面積)

敷地に関する権利

コンドミニアム譲渡証書に基づく転借権の割合持分の設定(一、〇〇〇、〇〇〇分の一三九〇)

二、建物

所在地  ハワイ州ホノルル市クヒオアベニュー 二〇五八

種類  ホテル

構造  鉄筋コンクリート造地上四三階建

規模  延床面積 二八、三七二平方メートル(八、五七二坪)

専有部分  室番号 三六一三号室Bタイプ(三六階)

(タイプ別間取詳細図、及び各階平面図赤色斜線部分)

床面積  17.18平方メートル

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